原発ゲーミングガイド

はじめに

このイントロダクションでは、SARAを用いて実際につくられた、原子力発電所の原子炉増設をめぐる一連の意思決定過程を題材としたゲーミング(原発ゲーミング)について説明する。原発問題の概要、このゲーミングで扱った原発増設問題の予備知識や各アクターのマニュアル、ゲーミングの進行・操作に関して述べられており、ゲーミングオペレータ、プレイヤー、原発問題やSARAの応用に関心のある方のために書かれている。SARAの基本的な構造やSARA言語に関しては別のガイドを参照されたい。

*なお、この原発ゲーミングは、ゲーミングシミュレーションとしての完成度 という点からは、まだまだ課題の多いものであることは否めない(シナリオの 完成度からすれば、じゃんけんや「共有地の悲劇」ゲーミングの方がはるかに クリアである)。しかしわれわれは、2年にわたる原発ゲーミング(およびそ の前提となった「地下鉄建設ゲーミング」の開発の過程で、SARAの重要な概念 を創出していったのであり、また、「社会科学の実験場」の構築を最終目標と するわれわれとしては、むしろ原発ゲーミングをいかに精緻化していくかが最 大にして現在もっとも困難な課題なのであることを、ここに付記しておきた い。

原発問題とは

 原発問題は、単に国レベルのエネルギー政策であるにとどまらず、安全性・危険性をめぐる論争、立地地域を推進派と反対派に二分しての社会紛争、補償交渉、全県的・全国的な世論の動向とコンセンサスの形成、地域開発問題、「見返り」をめぐる国と地方の駆け引きなど、様々なレベルのコンフリクトを内包しているテーマである。したがって、原発に関連する問題は様々な視点から分析しなければ、一般的にいってその本質をつかむことは困難である。
 原発問題のゲーミングとして、SARAによって異なる行動規範にもとづいたアクターが登場するゲーミングを実装することの意義は、この点にある。

原発ゲーミングについて

 このゲーミングは、既存の原子力発電所が原子炉を増設する過程を扱ったものである。実際には(後述するように)原発増設のためには、立地市町村のみならず、都道府県知事の判断と中央政府(国)レベルでの意思決定が必要となるのであるが、このゲーミングでは登場するアクターを立地市町村内に限定し、市町村内における意思決定過程を中心にゲームを進行させる。

 ゲーミングの舞台となる町には、すでに原子力発電所(原子炉2 基)が2年前に建設されている。この原発による税収や国からの補 助金などの直接的な経済効果に加え、雇用機会の増加など、町内行 政、住民、地元企業が受けている社会的・経済的な恩恵はたいへん 大きい。そのため、町内では原発賛成のムードが支配的であるが、 町民が全て原発に全面的に賛成しているかどうかは微妙である。
 また、原子力発電所建設の際に交わされた町長と電力会社の密約 が明るみに出たため、反対運動が盛り上がり町長リコール運動が起 きて、当時の町長が責任を問われ辞任したという経緯もある。

登場するアクターと特徴

  政治的・行政的なアクターとして、町長、町議会議員がある。町長は町の行政当局を代表するものとして設定されている。また、町議会議員は多数を占める保守系議員と、少数の革新系議員とがある。議会は定期的に開かれ、議員が質疑を行い、町長も必要とあれば答弁を行う。

 次に、原子力発電所を運転する電力会社が登場する。原子炉の設置にはさまざまな法的手続きが必要であるために、電力会社はさまざまな方面と交渉を行い同意をとりつけなければならない。そのための交渉のテーブルがゲーミング中では複数設けられており、交渉開始とともにテーブル上で当該アクターが協議をとりおこなう。

 電力会社は、増設のための事前調査、および調査結果を受けての増設実施について、町、町議会から同意をとりつけることが必要である。ここでは町としてどのような条件で増設を認めるか、あるいは拒否するかが論議されることになるであろう。また、原発は大量の冷却水を温排水として海に放出するので、周辺海域への影響が心配される。そのため、電力会社は、地元の漁協と漁業補償の交渉を実施することになる。漁協は、単なる温排水の影響による漁獲量への影響という将来的な不利益に対する補償を受けるが、仮に、他の原子力発電の重大事故の発生や、電力会社や原子力行政の姿勢などから、原子力発電と漁業者が共存することは不可能であると考えれば、交渉のテーブルにつくことを拒否することもありうる。

 町民は、賛成派、反対派が原発増設に対してさまざまな動きを展開する。町長や町議に対しての働きかけ以外に、積極的に意思表示をしない「サイレント・マジョリティ」に対して自らへの支持と参加を訴える。サイレント・マジョリティはこのゲーミングでは「一般公衆」という自律エージェントによって表現されており、賛成派、反対派の運動に応じてその数を変動させる。ゲーミング開始時には、全町民のうち、賛成派10%、反対派5%、一般公衆85%、という設定になっている。

 なお、ゲーミング進行中プレイヤーにさまざまな情報を伝達する機能は、マスコミによって担われている。マスコミは、このようなメッセージ伝達機能を果たす以外に、アクターとして独自の取材を行った結果報道を行うこともする。

アクターズマニュアル

町長
電力会社
保守系議員
革新系議員
賛成住民
反対住民
漁協
マスコミ

ゲーミングの進行

 ゲーミングは、電力会社が町と町議会に事前調査についての申し入れを行い、また漁協に対して補償交渉の開始を申し入れるところから始まる。この申し入れを受けて、各アクターは原発増設の意思決定に関するさまざまな行動をとることが可能となる。

 必要な手続きは、町(=町長)と町議会が事前調査に同意を与え、続く増設願についても同意することと、漁協と電力会社との補償交渉が締結されることである。これらが達成されれば、原発増設についての意思決定は町の手を離れ、都道府県レベルの検討段階に進むため、ゲーミングは終了する。また、同意がとりつけられず増設のための手続きが暗礁に乗り上げても、ゲーミングは終了する。

 ゲーミング中にはさまざまな「イベント」が発生する。定例議会はその代表的なものであり、議会開催中のみ議員と町長が公的な立場で協議を行うことが可能となる。また、町長選挙が予定されているので、町長が町民の多数の声を無視した判断をすれば、町長は落選することになろう。なお、選挙には漁協のもつ組織票も無視できない。さらに、原発事故や景気変動など、さまざまな外部的なイベントも発生する可能性がある。これについてアクターはあらかじめ予測することは不可能であるので、それへの対応はそのときどきの状況次第ということになろう。

おわりに

 以上が本ゲーミングについての概要である。
 なお、補足として、原発問題についての全体像を描き出すゲーミングを設計するならば、こうした町レベルのアクターに加え、国や都道府県レベルでの行政、政治、市民運動、経済界の動きを織り込むことが必要となるが、これについては今後の課題となっている。



Last modified: Thu Dec 3 00:19:08 JST 1998